大判例

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大阪高等裁判所 昭和38年(ツ)48号 判決 1965年10月22日

上告人 新田熊太郎

被上告人 武田義則 外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

原判決によれば、原審は、上告人と訴外武田留男との間に昭和三二年一一月一八日奈良地方裁判所五条支部において、右留男が上告人に対し金三〇万円を同年一二月一五日以降毎月一五日限り金五万円づつ支払うべき旨の裁判上の和解が成立し、右留男は、右の内金九〇〇〇円を支払つただけであるが、同年一二月一日訴外南和信用組合との間に手形取引契約を始めることになり、右契約上の債務を担保するためその所有にかかる原判決添附別紙第五目録記載の不動産に債権極度額二〇〇万円の根抵当権を設定する旨の契約(以下第一の設定契約と略称する)を締結し、その後同年同月二〇日に至り、自己の長男義則、三男静男、四男庄司(被上告人三名)に対し、一審判決添附別紙第一ないし第四目録記載の不動産を各贈与(以下第二の本件贈与と略称する。)し、同日それぞれ所有権移転登記を経由したこと、並びに右第一の設定契約に基づく根抵当権設定登記(以下第三の設定登記と略称する)がなされたのは昭和三三年一月二一日であつて、これによつて担保される手形取引契約による現実の融資は更にその後であること、及び右根抵当権の目的となつた前記第五目録記載の不動産の昭和三二年一二月当時(第二の本件贈与のなされた時)の時価は一七二万六〇〇〇円であつたことをそれぞれ確定している。

論旨は、右第一の設定契約・第二の本件贈与・第三の設定登記なる一連の行為は、すべて単一の強制執行回避の詐害的意図でなされている旨強調するが、第一の設定契約と第二の本件贈与とは原判決認定のように別個独立の法律行為であるから、その個々の行為について債権者取消権行使の客観的要件すなわち無資力の事実の有無が検討さるべきであり、仮に上告人主張のような単一の詐害意思に基いたものであつても、それだけで当然に本件第二の贈与が詐害行為となり取消さるべきものであるとすることにはならない。

次に論旨は、仮に根抵当権設定契約が詐害行為として問題にされる場合のことを考えると、取消の対象となるのは根抵当権設定登記ではなくして根抵当権設定契約そのものであるから、本件に於ても取消の対象となり得るのは第一の設定契約と第二の本件贈与のみであり、而も右二個の法律行為が相俟つて債務者が無資力となる場合に、取消されるべきものは後からなされた方の法律行為であるから、本件に於ても第一の設定契約より後になされた第二の本件贈与が当然取消されるべきであるというようである。不動産の処分行為のように対抗要件として登記を必要とする法律行為について、これを債権者取消権によつて取消す場合の対象となるものは、登記ではなくして法律行為そのものであることはいう迄もないが、そうであるからといつて、債権者取消権の成否を考える場合常に登記の有無を無視してさしつかえないということにはならない。債務者の弁済資力を考える場合には、たとい債務者所有の不動産の所有権ないし担保価値が処分されていたとしても、その処分行為について登記のない間は、一般債権者はその処分を受けた第三者の権利取得を無視して、当該不動産を差押えたりなどすることができるのであるから、むしろ登記の有無は至大の関係があると言わなければならない。これを本件について言えば、第一の設定契約によつて特別担保が設定されたとしても、第二の本件贈与時に未だその登記を経ていない以上、一般債権者たる上告人に対する関係では、前記第五目録記載の不動産は依然一般担保を構成していたのであり、仮に上告人が真実債権を有していたとしてもその額は二九万一〇〇〇円であり、右一般担保を構成する右不動産の時価は一七二万円余を数えていたのであるから第二の本件贈与を取消すべき要件の具備していないことは極めて明白であり所論はこれを採用し得ない。ただし、若しも仮りに第二の本件贈与に接着して第三の設定登記がなされたような場合は極めて問題である。何故ならば若しも抵当権設定登記が先になされ、贈与が後からなされたならば当然に贈与を取消し得るにもかかわらず、その先後が僅かに逆になつたばかりにそのいずれをも取消し得ないというような結果を招来するようでは一般債権者の地位が著しく害せられるであろうからである。しかし、事は法的評価の問題であるから、僅かな時間的先後があつても、接着して行なわれたような場合は、法的には「同時」と評価すべきであると考える。ところで本件を顧るに第二の本件贈与と第三の設定登記との間には、約一ケ月もあるのであるから、これを以て「同時」ということは到底できない。したがつて論旨は結局理由がない。

次に論旨は、債務者たる訴外留男は根抵当権設定契約と同時にその登記に要する書類一切を南和信用組合に交付し、従つていつでも登記可能、限度額までの手形貸付可能の状態下において、本件贈与がなされたから、右贈与は取消さるべきであるというが、成程債務者の立場からすれば、もはや自己の自由に処分して一般債権者の弁済に充つべき資産はその手中にないということが言い得ても、債権者取消制度の趣旨は債権者の立場から観察すべきであり、いかに登記可能の状態であつても現実に登記のない限り、一般債権者はいつでもこれを仮差押ないし差押えることが可能であり一般債権者にとつてはなお一般担保を構成する財産であると見るべきこと、前述のとおりであり、また、現実に手形貸付による融資を受けていない以上これを債務として計上すべきでないことは言うまでもないから右所論も採用できない。

よつて民事訴訟法第四〇一条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 加藤孝之 安井章)

(別紙) 上告理由書

訴外武田留男が昭和三十二年十二月二十日上告人主張の物件(第一審判決の第一乃至第四目録の不動産)を被上告人等に贈与し所有権移転登記手続を為した点、右留男が上告人に対し、和解に基づく参拾万円也の債務の内金九千円也を支払い残額弐拾九万壱千円也が未払いであること、昭和三十二年十二月二十日当時右留男は別紙目録記載の不動産(原審判決添付の第五目録記載物件)を所有していたことは争いがない。

原審は留男は留男名義の別紙目録記載の不動産に付き留男が昭和三十二年十二月一日南和信用組合との間に手形取引を始じめる事になり、右契約上の債権を担保する為め同日右不動産に付き債権極度額金弐百万円也の根抵当権を設定する旨の契約を為したこと、その登記手続をしたのが昭和三十三年一月二十一日であること、右契約に基づいて留男が現実に南和信用組合より融資を受けるようになつたのは右登記後であること、昭和三十五年五月二十三日に至つて原判決添附別紙物件目録の内野迫川村の山林五筆に付いて右南和信用組合が前記根抵当権を抛棄して之れが抹消登記手続を為したこと、別紙目録記載の不動産二十一筆の、昭和三十二年十二月当時の時価が金百七拾弐万六千円也であつたことを認定して右留男が昭和三十二年十二月二十日本件不動産を被上告人等に贈与しても留男は贈与当時尚上告人に対し、参拾万円也の債務を弁済するに充分な資力があつたと認め上告人の請求を棄却したものであります。

然しながら右留男は昭和三十二年十一月十八日奈良地方裁判所五条支部で上告人に対し金参拾万円也の返還義務を認め、その支払方法として同年十二月十五日以降毎月十五日限り金五万円也宛を原告方へ持参又は送金すること、右支払いを一回でも遅滞したときは期限の利益を失い残額全部を一時に支払ふ旨和解を為したに拘はらず同年十二月金五千円也、同三十三年一月十五日金四千円也を支払つたのみで、前述の如く昭和三十二年十二月二十日には本件物件を被上告人三名に贈与し、残余の別紙物件目録記載の物件に付いては右贈与前なる昭和三十二年十二月一日すでに南和信用組合と債権極度額金弐百万円也の根抵当権設定契約を為したものでありまして右留男の前記各所為は明らかに上告人よりの強制執行を免れる為めの所為といわざるを得ないものであります。

原審認定の如く右留男が現実に南和信用組合より融資を受けたのは根抵当権設定登記後である昭和三十三年一月二十一日以后であるとしても根抵当権設定契約自体は前述の如く昭和三十二年十二月一日であり、本件物件の贈与以前である。

留男は昭和三十二年十二月一日に根抵当権設定登記に必要な書類を南和信用組合に交付したが右組合に於いて登記手続がおくれただけであつて、右組合との根抵当権設定契約も、被上告人に対する贈与も、単一の詐害意思に基づく一連の関係に在つたものであります。

右根抵当権設定契約の内容は乙第八号証によつて明白なる如く手形取引契約に関するものであり、右契約が成立すれば留男は同日以后何時にても商手又は自己手形を右組合に於て割引を為し得る立場にあつたものであり、現に、乙第六、七号証記載によつて明らかなる如く留男は右組合に対し、昭和三十四年六月三十日現在で金百五拾万円也、同三十六年十月二十四日現在で金百九拾四万円也の債務を負担しているものであります。

根抵当権設定登記が本件の贈与登記より多少おくれていても詐害行為として取消の対象となるものは根抵当権設定契約それ自体であつて根抵当権設定登記ではないので、原審の認定とは異なり詐害行為となるものは右根抵当権設定契約后に為された本件贈与契約であります。

原審認定の通り贈与契約当時に、右留男は南和信用組合に対しいまだ現実には債務を負担してはいなかつたとしても根抵当権設定契約の性質上右契約が成立すれば弐百万円也の債務を負担することが明らかに予想されているのでありますから、本件贈与契約当時に於ける南和信用組合に対する現実の貸借の有無は、本件贈与契約が詐害行為であるか否かを決定する上に何等の妨げともならないものであります。

右留男は昭和三十二年十二月一日に前述の如く原判決添附別紙目録記載の物件に付き債権極度額金弐百万円也の根抵当権設定契約をなし、同年同月二十日その直系卑属である被上告人三名に対し本件物件を何等正当な事由なくして贈与したものでありますから右贈与行為は債権者を詐害すること明らかであるに拘はらず之れと反対の判断を為した原判決は明らかに法令の解釈を誤まり破棄を免れないものと信ずるものであります。

尤も南和信用組合は原判決添附別紙目録記載の物件中奈良県吉野郡野迫川村所在山林五筆に関する根抵当権を昭和三十五年五月二十三日抛棄しているものでありますが右物件に関する右留男の持分は二分の一であり、上告人の債権額に充たないものでありますので右抛棄は上告人の前記主張を妨げるものではありません。

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